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お地神さん 地神祭 上八万、国府、佐那河内  2015.09.19

2015.09.19(17:01) 458

今日は、9月19日、秋の彼岸に一番近い「戌(つちのえ)」の日、社日だ。

社日とは、産土神(うぶすなのかみ=産まれた土地の守護神)を奉り、農耕の豊作や安全祈願をする日だ。

春の社日は作物の成長を祈願し、種蒔きをする適期とし、秋の社日は収穫を感謝し、収穫の適期の目安とした。

春祭り・秋祭りは元々、こうした豊作を祈願・感謝することから発祥していると言われている。

そして徳島では社日に県下に2000基もあると言われているお地神さんをお参りする風習がある。

多くの書物等ではお地神さんについて次のように紹介されている。

寛政元年 徳島藩主の蜂須賀治昭は、富田浦八幡宮の神職早雲伯耆の建白を受け、 県下全域に「地神さん」を設置させた。

「地神塔」を建てると共に、春・秋の彼岸に一番近い「戌」の社日には祭礼を行わせた。

その日は、農耕を休み「地神さん」の周りで祭礼を行う。

その日に農作業をすると地神さんの頭に鍬を打ち込むことになる といわれ、 忙しい時期ではあるが、総ての農家が農作業を休んだ。

「地神さん」の周りには注連縄を張り、沢山の供物が供えられた。

時間が来ると、その供え物は子供達に分け与えられる。

その日、子供は「地神さん」の周りに集まり お下がりを頂くのが楽しみであった。

子供達はこの日のことを「おじじんさん」と呼び、 楽しい年中行事の一つとしていた。

さて、寛政元年からすでに200年以上が経過している。

近所の氏神さんに参拝する習慣も薄れている現代に、このお地神さんの祭礼は続いているのだろうか。

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朝7時過ぎに、上八万町花房の地神塔を訪れる。

すでに5,6人の方達が集まっておられてお当屋の男性が、四隅に竹を立てて注連縄を張り、沢山の供物を備えている。

お供えは、御神酒、昆布、アジ、ご飯、塩、大小のお餅、椎茸そして高野豆腐。

山で採れたものと海で採れたものを必ずお供えするそうだ。

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やがて、宅宮神社の神主さんがやってきて祭礼が始まった。

まずは、注連縄に新しい紙垂を挟んでいく。

注連縄は、神域との結界を現し、紙垂は雷を現して邪悪な者の侵入を塞ぐ働きをするとのこと。

だから、紙垂は稲妻形をしているのだと最近知った。

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かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ (掛まくも畏き 伊邪那岐大神) 

つくしのひむかのたちばなのをとのあわぎはらに(筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に)

みそぎはらへたまひしときになりませる はらへどのおおかみたち(禊祓へ給ひし時に成り座せる祓戸の大神等)

もろもろのまがごと つみ けがれをあらんをば(諸々の禍事 罪 穢有らむをば) 

はらへたまひ きよめたまへともうすことを(祓へ給ひ 清め給へと白す事を)

きこしめせと かしこみかしこみももうす(聞食せと 恐み恐みも白す)

と始まって、全員のお祓いをした後、地神さんの祝詞が始まった。


かしこくも天照大神をはじめ大己貴命、少彦名命..と続く。

五穀豊穣、家内安全の祝詞だ。

お祈りが終わると、大きなお餅やアジなどのお供えが神主さんに渡されお当屋からお布施も渡される。

終わってもしばらく氏子さんと四方山話をされている。

しかし、お地神さんの直ぐ横のビニールハウスでは農家の方が忙しそうに農作業をされていた。

引き継ぐものと引き継がないものがある。

またそれも人の世の常か。


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次に、佐那河内村の高樋と井開のお地神さんにいくが、注連縄は張ってお供えも用意されているが、まだ祭礼は始まっていない。

嵯峨の秋葉神社や嵯峨天一神社も同様で12時から始まるとの事。

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神山町の上一宮大粟神社に行くと、注連縄もお供えも用意されていない。

白い祭器はかなり以前から使用されていないようだ。

近くのお年寄りにお聞きするが、今年の当屋に当たっている男性もお地神さんの事は知らないという。

今の神主さんになってからお祀りされていないのかもしれない。

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次に石井町の利包の畑の中にあるお地神さんに行く。

この叔父神さんは立派な祭壇の中に有り亀さんの背中に乗っている特徴のあるお地神さんだ。

旗が立って、注連縄も張られているがお祀りは11時半からだとお聞きした。

まだ2時間近くもある。

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国府の中八幡神社に寄ってみるともうお祀りは終わっていた。

八倉比売神社に行くと準備はされているがまだお祭りは始まっていない。

やはり事前にスケジュールをお聞きしていないのは駄目だなあ。

社務所でお聞きすると、八倉比売神社の神主さんが、朝9時に中八幡神社を始めとして国府から石井町を回って最後に1時15分に八倉比売神社でお祀りをされるそうだ。

広い範囲の多くの場所で祝詞を上げるのは大変だろうなと思う。

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お隣の伊魔離神社は1時からと言う事で準備がされていた。

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引き返して尼寺の近くの御瀧神社に向かうと、丁度祭事の最中でした。

此所では神職が太鼓を叩きながら祝詞を上げています。

同じようで少しずつ異なっているのですね。

長い時間、石の上にゴザを引いただけの固い所で正座してお祀りをするのは大変だろうなあ。

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また上八万町のお地神さんに寄り、佐那河内の秋葉神社に向かう。

もうすっかり準備が出来ていて、お当屋の男性や近所の男性と佐那河内のお祭りについて色々お聞きする。

大晦日の年送りや2月の火伏せの時は寒くて大変だとおっしゃっていた。

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お供えは、やはりお酒とアジと白菜などの野菜そしてお米と昆布だ。

ヤブ蚊が多いのでこの時期蚊取り線香は必須だ。

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トマトや椎茸なども供えられている。

山のもの、里のもの、川のもの、海のもの、お神酒、米、塩、お鏡と全て揃っている。

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小松島から神職が到着した。

小松島から八多で二カ所の地神塔をお祀りしてやってきたそうだ。

大宮八幡宮のお太夫さんはこの嵯峨の三つの神社の地神塔は担当していないとか。

小松島の神社の神主さんが、佐那河内の神社を担当しているのはやはり長国の名残かな。

やがて大祓詞の祝詞が始まる。


高天原に神留まり坐す。皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を。神集へに集へ給ひ。 

神議りに議り給ひて。我が皇御孫命は。 

豊葦原瑞穂国を安国と平けく知食せと事依さし奉りき。 

此く依さし奉りし。国中に。荒振神等をば神問はしに問はし給ひ。神掃へに掃へ給ひて。


と、かなり長く続くが般若心経等と比べて神様の祝詞は何となく良く解る。

続いて地神祭の祝詞が始まる。

花房と同じく天照大神をはじめ大己貴命、少彦名命と五穀神の名に始まり、その五穀神が農作の方法を教え...

柑橘、青菜、苺...等イノシシの害を防ぎ、風雨などほどほどに..と続く。

苺は佐那河内の特産だ。

具体的に地域の作物の五穀豊穣を祈っているのが良く解り面白い。

神職は次の地神塔のお祀りに向かって行った。

谷間に、村の放送が響き渡る。

谷と山が重なっているため何回もこだまとなって聞き取りにくい。

今夕、集落毎に全戸が集まって食事をしながら当屋の引き継ぎの会が行われるらしい。

社日の地神祭を無事済ます事で一年間続けたお当屋の役目が終わるようだ。

ちなみに花房では半年ごとに交代すると言っておられた。

お地神さんを中心とする村落生活の秩序や伝統が今でも続いている事に感心する。

今日は、ずっと興味のあった地神さんのお祭りに参加する事が出来て本当に良かった。

徳島の2000基もあるという地神塔のほんの一部だが、地神祭に立ち会う事が出来て本当に良かった。

これからも少しずつ勉強を進めていきたい。


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