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佐那河内村の寛政元年建立の地神塔 そのⅡ

2015.09.13(17:27) 456

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先日、佐那河内村にある寛政元年建立の地神塔をお参りした。

今日はその時お聞きしたもう一つの秋葉神社にあるという寛政元年建立の地神塔をお参りに行く。

場所は、先日行った嵯峨天一神社の直ぐ近くだという。

国道から高樋の郵便局横を南に入って行く。

カーナビでも秋葉神社の名前は見えない。

蜜柑畑の中をくねくねと登って行くと御間都比古神社がある。

古い時代には、阿波の国は粟の国と長の国に分かれていたが、大化元年(645)に二つの国が合併して阿波の国になった。

合併前、佐那河内村は長の国に属し、佐那県といわれていた。

長の国の国造の韓背足尼が佐那河内に住んで長の国を支配し、

祖先の神、観間都比呂色止命を祭ったのが、観(御)間都比呂神社といわれている。

佐那河内村が大和の始まりに関係していると言われる諸説があるが?

とにもかくにも由緒のある神社だ。

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更に蜜柑農園の中を登って嵯峨川方向に向かうピークの上にその秋葉神社はあった。

古い石段を登っていくと、山の神様などが祭られている。

秋葉神社信仰はとくに火難よけ(火伏せ)の信仰として全国的に分布している。

徳島の秋葉神社は、特に山間の農村から見上げた小高いピークの上に鎮座している場合が多い。

昔から、里山の頂から村の安全を見守ってきたのだろう。

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新しい鳥居を上がった所にその地神塔はあった。

自然石を積み上げた基壇の上に一枚板の自然石の台座。

その上に四角形と円形の台石が乗っている。

刻まれた5神の名は標準の物だ。

藩令により設立された原型の物に近い。

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設立は寛政元年11月16日となっている。

やはりこの地神塔も藩令が出て一番早い時期に造られた物のようだ。

しかし、この佐那河内に寛政元年の地神塔が3基もあるという事実に驚かされる。

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秋葉神社は火防(ひよけ)・火伏せの神様

寄進者は「東」「中佐賀」「下佐賀」となっている。

現在嵯峨という地名はもっと嵯峨川の上流の嵯峨天一神社の辺りだ。

江戸時代にはこの地は佐賀と呼ばれていたのかもしれない。


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人事の境内からは嵯峨川の流れとその奥に、王が原ではないかとの説のある大川原高原がそびえている。

近くの農家の男性によると、社日のお地神さんはもちろん、秋祭りにはだんじりが出て、二月にも火伏せの祭りがあるという。

お当屋は40年に一度回ってくるとおっしゃっていた。

お当屋は、年末31日に近くの若宮神社で夜を明かし、新年早々お札を40軒の氏子に配る役もあるそうだ。

古いお祭り事が今でも残っている事に感銘を受ける。
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