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亀趺(きふ)に乗った地神さん。それと盃状穴石または丹摺石(にずりいし)

2015.09.04(18:27) 452

aki140517183.jpg

徳島の地神塔は建白により蜂須賀藩が各地の庄屋に作らせたので祭られている神の名やその形も画一で同じように見える。

しかし、よく見ると地域や時代で少しずつ違っていて面白い。

神の名を刻んだ5角形の心石は殆どが五角形か四角形か円形の台石に乗っているが、凝った台石は猫足になっている。

驚いたことに、石井町や国府町には亀趺(きふ)の台石に乗った地神さんがある。

古来、中国では、亀は万年の寿齢を保つ霊獣とされてきた。

石で亀の形を作り、その背に碑を載せることで、その碑が永遠に後世に残ることを念じて建てられるのが、亀趺。

よほど地神塔を大事に思って作られたのだなあと思う。

石井町には神社に築けられている地神塔も多いが、広い水田の横に祭殿が作られて地神塔が祭られていた。

自然石の台座も立派だが、青石の祭壇も素晴らしい。

後の電信棒や看板が如何にも邪魔だ。

aki140517179.jpg

亀さんが重そうに地神塔を背負っている。

正面はやはり天照大神

aki140517180.jpg

きっちり北を向いている。

ki140517176.jpg

これはお尻

水田の向こうには立派な農家があるが、この家がお祭りしているのだろうか。

神社もなくて地神塔を祭るのは珍しいなあ。

aki140517182.jpg

ふと見ると青石の一枚板の上に祠が祭られている。

その青石の表面には丸くて小さな穴が沢山あいている。

雨だれの跡にも似ているがこれは何だろうか。

調べると、盃状穴石と言って古墳時代から祭事などに使われていたそうだ。 

古墳の蓋にも使われている場合もあるという。

更に徳島では丹摺石(にずりいし)と言って、弥生時代や古墳時代に、棒石で丹をすり潰し、男女共に顔面に塗り、神事を行っていた名残りだとの記事もあった。

古墳研究家の先生に聞いたら、そんな物子供の遊んだ跡だろうと一笑に付された。

学者は自分の研究外のことに関しては興味が無いらしい。

しかし、こうやって祭られているのだから何かの謂われがあるはずだと思う。

ki1503310231.jpg

直ぐ近くの高人神社にも亀さんに乗った地神塔がありました。

此所の亀さんはガメラみたいで怖いです。

最初ちょっとした興味で調べ始めた地神塔ですが、だんだん面白くなってきました。
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コメント
初めまして。
興味深い内容のいいブログですね。
すでにご存知かもと思いつつ、ちょっと一言。

「盃状穴」は、昭和50年代に山口県の古墳から穴のたくさん穿たれた石棺がでてきたことから、急きょ大学の先生が命名したんです。
ですから、古墳の研究者ならご存知のはずで、「子どもがあけた穴だ」というのはちょっとちょっと、ですね。

この風習は一般的に、女性が子宝に恵まれるようにとか安産祈願であけたといわれています。平安時代に貴族の間で盛んになり、江戸時代に庶民の間で大流行しました。一種の願掛けの穴あけ信仰です。
穴は生命の誕生する場、命の再生する神聖な場ですから、これと女性が結びついたといわれています。

明治になって明治新政府が迷信禁止令を出しまして、この習慣はパタッと止んでしまいます。韓国の大学の先生にお聞きしたら、韓国にもあって、韓国ではそのものずばり、「女の穴」「性穴」というんだそうです。いわれは日本と全く同じということでした。子供が遊んだのはすでに開けられていた穴にヨモギなどをいれてままごとで遊んだんですね。

お遍路さんが開けた穴もありますが、以上の事例が一般的です。
【2015/09/05 22:07】 | 雨宮清子(ちから姫) #- | [edit]
ちから姫さん、今晩は。

初めまして。

力石のブログを運営されているのですね。

徳島や香川には力餅の競い合いがあります。

随分と古い歴史があるようです。

徳島市の近辺の国府町や石井町には多くの古い神社や山の神様そして地神塔があります。

その近くには気延山という低い山がありますが、その近辺には古墳が数多くあります。

古墳には阿波の特産である青石が多く使われており、その古墳の青石がまた色々利用されています。

また、この地は渡来人が多い地だとも言われています。

縄文時代の山岳民族が農耕のため下りてきた接点の場所でもあるようです。

古い歴史が濃く残っている場所です。

盃状穴に付いていろいろお教えいただきありがとうございます。

山歩きが中心のブログやホームページですが、身近な古い時代のことも少しずつ調べていきたいと思っています。

ありがとうございました。







> 初めまして。
> 興味深い内容のいいブログですね。
> すでにご存知かもと思いつつ、ちょっと一言。
>
> 「盃状穴」は、昭和50年代に山口県の古墳から穴のたくさん穿たれた石棺がでてきたことから、急きょ大学の先生が命名したんです。
> ですから、古墳の研究者ならご存知のはずで、「子どもがあけた穴だ」というのはちょっとちょっと、ですね。
>
> この風習は一般的に、女性が子宝に恵まれるようにとか安産祈願であけたといわれています。平安時代に貴族の間で盛んになり、江戸時代に庶民の間で大流行しました。一種の願掛けの穴あけ信仰です。
> 穴は生命の誕生する場、命の再生する神聖な場ですから、これと女性が結びついたといわれています。
>
> 明治になって明治新政府が迷信禁止令を出しまして、この習慣はパタッと止んでしまいます。韓国の大学の先生にお聞きしたら、韓国にもあって、韓国ではそのものずばり、「女の穴」「性穴」というんだそうです。いわれは日本と全く同じということでした。子供が遊んだのはすでに開けられていた穴にヨモギなどをいれてままごとで遊んだんですね。
>
> お遍路さんが開けた穴もありますが、以上の事例が一般的です。
【2015/09/08 21:03】 | satoyamanokaze #- | [edit]
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